海外旅行では、日本で普段生活しているときには遭遇しないアレルゲンや生物に接触する可能性があります。
アナフィラキシーの原因としてよく知られているのは、食物、ハチなどの刺す昆虫、薬剤ですが、海外ではそれだけではありません。
ただし、ここで重要なのは、「毒を持つ生物に遭遇する=エピペンが必要」という意味ではないことです。
例えば毒ヘビに咬まれた場合は、毒そのものによる中毒・組織障害・神経障害などが問題となり、エピペンは抗毒素治療の代わりにはなりません。一方、毒や刺傷をきっかけに重篤なアレルギー反応(アナフィラキシー)が起こることもあります。
そのため、海外旅行では「何に遭遇する可能性があるか」と「過去にどのようなアレルギー反応を起こしたことがあるか」の両方から備えを考えることが重要です。
CDC Yellow Bookでも、重度のアレルギーがある旅行者について、食物アレルギー、刺す昆虫へのアレルギーなどを確認し、必要なアドレナリン自己注射薬を準備することを推奨しています。
海外旅行でエピペンを検討するのはどのような方?
エピペンは、アナフィラキシーが起こった際に使用するアドレナリン自己注射薬です。
「海外で危険な生物に遭遇するかもしれない」という理由だけで、誰にでもエピペンが必要になるわけではありません。
特に渡航前に医師へ相談したいのは、以下のような方です。
ハチに刺されてアナフィラキシーを起こしたことがある
過去にハチ、スズメバチなどに刺された際、
- 全身にじんましんが出た
- 唇・舌・喉が腫れた
- 息苦しくなった
- 喘鳴が出た
- めまい・ふらつきがあった
- 血圧が低下した
- 意識を失った
などの症状があった場合、アナフィラキシーの可能性があります。
海外でハイキング、トレッキング、キャンプなどを予定している場合には、渡航前にエピペンの携行について相談することをおすすめします。
食物アレルギーがある方
海外では、日本で普段食べない食品や調味料、加工食品などに含まれる成分によってアレルギー反応が起こることがあります。
特に注意したいのは、
- ナッツ類
- ピーナッツ
- 魚介類
- 甲殻類
- 卵
- 牛乳
- 小麦
- 大豆
- ゴマ
などです。
国によって料理や食品表示、レストランでのアレルギー対応、言語による伝達方法が異なります。
食物アレルギーによるアナフィラキシーの既往がある方は、渡航先での食事環境も含めて事前に準備しておくことが重要です。
薬剤アレルギーがある方
ハチ・食物と並んで、薬剤によるアナフィラキシーもエピペンの適応となる代表的な原因の一つです。
抗菌薬(抗生物質)、解熱鎮痛薬、造影剤、麻酔薬などをきっかけに、じんましん、呼吸困難、血圧低下などのアナフィラキシーを起こしたことがある方では、エピペンの携行を検討します。
海外旅行では、普段使用していない薬剤を現地で処方・購入する可能性があります。
また、薬の商品名や成分名が日本と異なることもあります。
過去に薬剤によるアナフィラキシーなど重篤なアレルギー反応を起こしたことがある場合は、
- アレルギーの原因となった薬剤名
- 一般名
- これまでに起こった症状
- 代替薬
などを英文で確認できるようにしておくと安心です。
必要に応じて英文の診断書・薬剤証明書についてもご相談ください。
海外では「ハチ以外の虫」にも注意
海外では、日本とは異なる種類の刺す昆虫が生息しています。
例えば、ハチ、スズメバチ、アシナガバチ、アリ、ヒアリ(fire ants)、その他の刺す昆虫などです。
特に森林、草原、農村部、キャンプ場などでは昆虫との接触機会が増えます。
過去に刺す昆虫によるアナフィラキシーを起こしたことがある方では、旅行先にどのような昆虫が生息するかを確認し、エピペンなど必要な薬剤を準備しておくことが重要です。
CDCも、刺す昆虫にアレルギーがある旅行者について、渡航先の昆虫への曝露を考慮して準備するよう案内しています。
蛇・クモ・サソリなどにも注意が必要
海外では、日本では一般的ではない毒ヘビや毒を持つ節足動物などに遭遇することがあります。
例えば、コブラ、マンバ、クサリヘビ類、サンゴヘビ類、サソリ、毒グモなどです。
特に、熱帯地域、砂漠、森林、農村部、トレッキング、キャンプ、洞窟探検、夜間の屋外活動などでは注意が必要です。
CDC Yellow Bookでも、海外旅行では地域によって毒ヘビなどの有毒生物に遭遇する可能性があり、旅行者は現地の生物や医療事情を事前に確認することが推奨されています。
ただし「蛇に咬まれたらエピペン」ではありません
ここは非常に重要です。
毒ヘビによる咬傷では、毒によって、神経麻痺、出血・凝固異常、筋肉障害、組織障害などが起こることがあります。
この場合、エピペンは蛇毒そのものを中和する薬ではありません。
蛇咬傷では、できるだけ早く適切な医療機関へ搬送し、必要に応じて抗毒素などの治療を受けることが重要です。毒ヘビが生息する地域では、旅行前に最寄りの医療機関や抗毒素へのアクセスを確認しておくことも重要です。
一方で、生物の毒・刺傷などをきっかけとしてアナフィラキシーが起こる可能性もあるため、過去にそのような重篤なアレルギー反応を起こしたことがある方では、個別にエピペンの必要性を検討します。
海やダイビングでもアナフィラキシーに注意?
海外の海では、日本とは異なる海洋生物に遭遇することがあります。
例えば、クラゲ、カツオノエボシ、ファイアコーラル、イソギンチャク、その他の刺胞動物などです。
これらによる刺傷の多くは、局所の痛みや皮膚症状が中心ですが、種類によっては重篤な全身症状を起こすことがあります。
ただし、海洋生物に刺された場合にエピペンを使用すればよい、という単純な話ではありません。
生物の種類によって毒性や治療法が異なるため、現地で適切な医療を受けることが重要です。
特に遠隔地でのダイビング、シュノーケリング、離島旅行などでは、救急搬送や医療機関へのアクセスも含めて事前に確認しておくとよいでしょう。
海外旅行では「食べ物以外のアレルゲン」も考える
海外では、普段の生活では接触しないものがアレルゲンになる可能性があります。
例えば、新しい食品・食材、ナッツや種子類、魚介類、昆虫毒、動物由来物質、薬剤、ラテックスなどの医療関連物質などです。
ただし、これらすべてについて旅行前にエピペンを準備するという意味ではありません。
過去に重篤なアレルギー反応を起こしたことがあるか、今回の旅行でその原因物質に曝露する可能性が高いか、医療機関へのアクセスが悪いかなどを総合して判断します。
特にエピペンについて相談しておきたい海外旅行
以下のような旅行では、過去にアナフィラキシーの既往がある方は、通常の都市観光以上に渡航前の準備が重要です。
山・森林・ジャングルでのハイキング、トレッキング、キャンプ、野外調査、農村滞在では、ハチやその他の昆虫、クモ、ヘビなどとの接触機会が増えます。
熱帯・亜熱帯地域では、日本にはいない昆虫や生物が多く、蚊以外にもさまざまな生物との接触が考えられます。
オーストラリアなど固有の生物が多い地域では、森林やアウトバックなどで地域特有の昆虫・クモ・ヘビなどへの対策が重要になります。
南米・中米・アジア・アフリカなどの地方・農村部では、都市部と比較して、アレルギー反応が起きた際の救急医療へのアクセスが限られる地域があります。
離島・ダイビング旅行では、海洋生物との接触に加えて、アナフィラキシーなど緊急事態が起こった際の搬送時間も考慮する必要があります。
エピペンは「万一のときの緊急用」です
エピペンは、アナフィラキシーが起こった際に使用する緊急補助的治療薬です。
アナフィラキシーが疑われる症状が出た場合には、エピペンを使用するとともに、救急要請・医療機関への受診が必要です。
エピペンを使用したからといって、その後の医療機関での治療が不要になるわけではありません。
また、蛇咬傷やサソリなどによる毒物曝露では、エピペンだけで治療できるわけではありません。
「アナフィラキシーへの備え」と「毒を持つ生物による中毒・咬傷への備え」は分けて考えることが重要です。
海外旅行にエピペンを持っていく場合
すぐ取り出せる場所に携行
エピペンを処方されている方は、スーツケースなどの預け入れ荷物ではなく、本人が携帯するか、すぐ取り出せる機内持ち込み手荷物に入れてください。
CDCも、アナフィラキシーのリスクがある旅行者には、アドレナリン自己注射薬を本人の身につけるか、すぐ取り出せる機内持ち込み手荷物に入れるよう勧めています。
使用方法を確認
旅行前にエピペンの使用方法を確認し、必要であればトレーナーを使って練習しておきます。
同行者にも、本人が使用できない状態になった場合の対応を共有しておくことが重要です。
有効期限を確認
旅行期間中に有効期限が切れないか確認してください。
原包装のまま携行
海外では医薬品について説明を求められる可能性があります。
処方された本人の薬であることが分かるよう、処方時の包装・ラベルを保った状態で携行することをおすすめします。
必要に応じて英文の診断書・薬剤携行証明書を準備します。
CDCも、海外旅行では薬剤と本人を結び付けられる情報が分かる原包装で携行し、必要に応じて医師の説明書類を持参することを勧めています。
海外では「エピペンがあるから大丈夫」ではありません
エピペンはアナフィラキシー発症時の緊急対応を助ける薬です。
旅行前には、①原因となるアレルゲンを避ける、②アナフィラキシーが起きた場合にすぐエピペンを使えるようにする、③同行者にも対応方法を伝える、④現地の救急番号・医療機関を確認する、⑤遠隔地では医療機関への搬送手段まで確認する、という複数の対策を組み合わせることが重要です。
特に海外では、国によってアドレナリン自己注射薬や救急医療へのアクセスが異なります。CDCは、医療機関へのアクセスや薬剤入手が難しい地域、言語の問題がある地域では、必要に応じて予備の自己注射薬を準備することも検討するよう案内しています。
海外旅行前にエピペンについて相談したい方へ
例えば、過去にハチに刺されてアナフィラキシーを起こした、食物アレルギーでアナフィラキシーを起こしたことがある、薬剤で重篤なアレルギー反応を起こしたことがある、海外でハイキング・トレッキング・キャンプをする、ジャングルや森林、農村部へ行く、海外でダイビング・シュノーケリングをする、離島や医療機関の少ない地域へ行く、毒ヘビなどが生息する地域へ行く、アナフィラキシーの既往があり海外旅行中の対応が心配、エピペンを持って海外旅行に行きたい、といった場合には、渡航前にご相談ください。
エピペンが必要かどうかは、過去のアレルギー反応の重症度、原因、渡航先、旅行内容、滞在期間、医療機関へのアクセスなどを総合して判断します。
LIRE Clinicでは、海外旅行前の予防接種だけでなく、マラリア予防、高山病、時差ぼけ、常用薬、英文診断書・薬剤証明書、アレルギー・アナフィラキシーなど、渡航中の健康管理についてまとめてご相談いただけます。
こんな方は渡航前にご相談ください
- ハチ・スズメバチなどでアナフィラキシーを起こしたことがある
- 食物アレルギーによるアナフィラキシーの既往がある
- 薬剤アレルギーによる重い症状の既往がある
- 過去に原因不明のアナフィラキシーを起こしたことがある
- 海外でハイキング・トレッキング・キャンプをする
- 森林・ジャングル・農村部などへ行く
- 毒ヘビ・毒グモ・サソリなどが生息する地域へ行く
- ダイビング・シュノーケリングなど海での活動を予定している
- 離島など医療機関へのアクセスが限られる場所へ行く
- エピペンを海外へ持参したい
参考文献・情報源
- CDC Yellow Book 2026「Severely Allergic Travelers」
https://www.cdc.gov/yellow-book/hcp/travelers-with-additional-considerations/severely-allergic-travelers.html - CDC Yellow Book 2026「Poisonings, Envenomations, and Toxic Exposures During Travel」
https://www.cdc.gov/yellow-book/hcp/environmental-hazards-risks/poisonings-envenomations-and-toxic-exposures-during-travel.html - CDC Yellow Book 2026「Zoonotic Exposures: Bites, Scratches, and Other Hazards」
https://www.cdc.gov/yellow-book/hcp/environmental-hazards-risks/zoonotic-exposures.html - PMDA「エピペン注射液 添付文書」
https://www.pmda.go.jp/PmdaSearch/iyakuDetail/ResultDataSetPDF/671450_2451402G2020_4_06 - Viatris Japan「エピペンガイドブック」
https://www.epipen.jp/download/EPI_guidebook_j.pdf
※渡航先によって遭遇する生物や感染症、医療体制は異なります。本ページは一般的な情報であり、エピペンの必要性は、過去のアレルギー反応、原因、渡航先、旅行内容、医療機関へのアクセスなどを踏まえて医師が判断します。